よりよく生きたい

キャリアや職業を考える & キャリアコンサルタント試験対策のブログです。キャリアと向き合ってよりよく生きたい!

よりよく生きたい

ここがツラいよ、キャリコン試験勉強

はじめに

大人になってからの勉強。
常に授業を受け、勉強すべき環境があった時とはまた違う状況下。

今回は、キャリアコンサルタントになるための勉強の中で、私自身が一番辛かったと感じたことについて書く。 

 

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そう。

試験勉強のためにお酒が飲めなかったことだ。
  

冗談です

それは二番目に辛いことでした

二番目だったことは事実なんですね…

 

  

キャリアコンサルタントの勉強、一番辛かったこと 

冗談はそのくらいにして本題に入ろう。

一番辛かったのは、実技(面接)練習を重ねて自分自身とトコトン向き合った結果、見たくない自分の気持ちや姿まで見ざるを得なかったことだ。
 
キャリアコンサルタントのお仕事は、クライエントの自己概念の成長を促すこと。
単にキャリア上の助言をするのではなく、ひとまわり成長できる支援をすること。
 
そのためには自分自身のモヤモヤと向き合い、自己理解をしてもらい、それまで気付かなかったことに気付いてもらうことが必要である。
そのためにはまず、キャリアコンサルタント自身が自分と向き合わなければならない。

キャリコン自身が自分のこともわからず、クライエントに一方的に成長を求めるわけにはいかないからだ。
 
というわけで養成講習(スクーリング)では、ロールプレイングはもちろん、自分の価値観や、好きなもの、過去の思い出などを語り合うワークが存分に課される。
偶然クラスメイトになった職場も世代も違う仲間たちに、自己開示をせざるを得ない状況になるのだ。
もちろん、「語りたくないことは無理して語らなくていい」という前提のもとで講習は進む。が、一切自分のことを話さない状況ではワークができない。ある程度は語らねばならない。

この自己開示が嫌で辞めていく人もいるくらいだ。
 
私は、学生時代から自分の受験体験談や、早くから一人暮らしして苦労した話、自分の目標や価値観などを人前でお話しする機会が多く

自分のことを語るのは慣れてるぞ!どっからでも来いや!

と思っていた。
実際、ほとんどのワークには楽しく参加することができた。

しかし、そんな私でさえ辛いと思う瞬間があった。
 

なぜ辛いのか

それは、予期せぬふとした瞬間に、今まで自分が語るのを避けていた側面に気が付かされることがあるからだ。
 
もうね、不意打ちですよ不意打ち余裕でおしゃべりしていたのに、次の瞬間に重傷を負わされて動けなくなってるみたいな。

自分が隠していたものを暴かれる、とかじゃなくて。自分自身も気が付いていなかったものを自分の中から掘り出されて、その時初めて知ってショック!という具合だ。

ええっ!?私ってそんな負の要素を抱えてたの!?みたいな

自己理解が深まっている瞬間でもあるんですけどね

 
ある日。私は自主勉強会に参加してた。

そこで役を交代しながらロールプレイをしていて自分がクライエント役になった時。基本的に自分の話を聞いてもらうことは大好きなので、楽しく話し始めた。
 
「仕事がすごく楽しくて、頑張ってます!でももうちょっと評価されたいんですよねー」
「いまは評価されてないんですか?」
「そうですね、あんまり」
「佐々木さんにとって、どんな状態になったら評価されてるって思います?」
「うーん、お給料とかはどうでもいいんですよね」
「昇進?」
「それもあまり、興味ないです。肩書より、やってることを認められたいっていうか」
「認められたい?」
「そうですね、自分がやってることを評価されるというか。
 自分一人にしかできないような、すごい仕事をしたいわけでもないんですけど」
「やってることを評価される。それってどんな感じですか」
「う~~ん……なんだろう……
 自分が、いてもいなくても同じの存在になりたくない、って感じですかね」
 
その時、キャリコン役の方の問いに答えながら自然と出た言葉だった。言葉を発した瞬間はなんとも思わなかった。
 
しかしロープレが終わり、解散して、帰路についた瞬間に

(いてもいなくても同じの存在になりたくない……
 そうだよなあ、私は、いてもいなくても同じにはなりたくないんだよなあ)

とじわじわ込み上げてきた。

不思議なことに、自分でなんと言っていいかわからない感覚を言葉にした瞬間に、「そうそう、そういうことなんだよ!」と急に腑に落ちることがある。そうして自分の中にその思いが刻まれる。それまで意識しなかったことでも、だ。
 
妙な納得感を得た私は、帰りの電車の中でずっと

(そうだ、私はいてもいなくても同じだって思われたくない)
(いなくなっても何も変わらないなんて、そんなの悲しい)

とグルグル思い続け、なんだか涙が出て、家に着くころにはわんわん泣いていた。
 
楽しく仕事して、会社からの「評価」も得たいんだぜ~!と思っていたが、自分の求めるその「評価」の正体が、名声ではなく「いてもいなくても同じになりたくない=見捨てられたくない」という、縋るような惨めな思いだったことに気が付いたのだ。
 
そりゃ涙も出る。

いい年した大人が・・・・・・

 
また別の日、「仕事の話ばかりだと同じになっちゃうので、違うテーマでいきましょう!」と言って始めたロープレでは何の気なしに家族のことを話した。
それまで、自分一人がやってきたことの話をすることはあっても、家族の話をしたことはなかったなと気が付いた。
今まで思い出さなかったことを次々思い出して、自分でも知らなかった感情に気が付いて、その日は話している最中にもう泣けてきた。
 
もちろん、辛いことばかりではない。有益な気付きもたくさんある。「私って、そんな素敵な面もあったのね~!」と、すっきりした心持ちで帰路につく日もある。受講する皆が辛い思いをするのかというと決してそうでもないと思う。

ただ、学びを進める中でその「不意打ち」はいつ訪れるかわからないのだ。
 

なぜそれでも向き合うのか

ここで、「そんなツラい思いをして何になるんですか!?」という声が聞こえてきそうだ。
 
答えは単純である。最大の利点は、自分が求めるものの本質がわかること。
そして本質がわかると、努力すべき方向性がはっきりすることだ。
 
たとえば私が、「仕事で評価されたいな~」と「なんとなく」思ったままだったとする。
がむしゃらに働いた結果、給料が上がった。役職がついた。でも、なんだか満たされない。世間的に言う「評価」がされたはずなのに、モヤモヤが残るなあ……なんてことが起こりうる。
自分がなんとなく思っている「評価」とはどういうことなのか?その正体を知ることで、自分がなんのために、何を求めて働けば良いのかがわかりやすくなる。
的外れな努力をしなくともよくなる。後から絶望することも防げるかもしれない。
 
時に、モヤモヤに包んでいた方が楽な感情もある。見たくないものもある。しかしその正体と向き合ったとき、人は成長するのだと思う。
 
正体不明の生きづらさを抱えて生きるよりは、きっとよっぽどマシだ。

キャリアカウンセリングというより、心理カウンセリング寄りの話でしたね

そうそう。カウンセリングは、自分と向き合うひとつの術だね

 
というわけで、辛いけど、自分と向き合い続けましょうぞ!
  
みんなで頑張ろう!
© 2018 Ayaka Sasaki